左手の薬指につけている、プラチナのリングが気になった。
それはずっと昔からそこにあって、執事の指とよく馴染んで沈んだ色合いをしている。
いつでも当たり前に傍にいたこの男の、私生活を自分はほとんど知らない。
結婚をしているのか、と訊ねると、彼は紅茶を淹れる手を止めて顔を上げた。
訊いてはいけない問いを口に出してしまった気がして、
別に答えなくてもいい、と言うと、彼は柔らかく微笑んだ。
「あなたに訊かれたことを答えないわけにはいきませんし、
さほど不幸な話でもありません」
言いながら差し出すカップからは、湯気とともにダージリンの香りが立ち上った。
穏やかな午後だった。
彼がはじめの質問に答える前に、それではなぜ今まで話さなかったのか、と問う。
期せずして、なぜ今まで素性を明かさなかったのか、という口ぶりになってしまい、
ごまかすように紅茶を口に含むと、それは慰めるような優しさで喉を落ちていった。
ふんわりと鼻の奥を抜ける気高い香りが、心を落ち着ける。
その様子を高い位置から見守っていた長身の従者は、
陽光を浴びて紅茶のようにきらめく髪を風に揺らしながら、
ブルーベリー・タルトを載せた皿をこちらにすすめ、
「あなたが訊かないことを、話すわけにはいきません」
そう言って、いたずらを仕掛けた少年のような瞳を眼鏡の向こうで輝かせた。
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