つと視線をやると、夜風がカーテンを膨らませたところだった。
ひそやかに、忍び込むような夜気が微かに室温を下げる。
それは、鼓膜を揺らすか揺らさないかという程度の虫の音を伴って、
ゆっくりと部屋の中を旋回しては、また窓の外に躍り出ていった。
傍らを離れた執事が、その窓を静かに閉める。
私は、彼にすぐに戻るようにと促し、手元の本を閉じた。
「どうかなさいましたか」
「……肩が寒い」
弱音だ。
彼はそれを知っていて、あえて私に尋ねる。
私の弱味を握るのは、彼の得意技であり、趣味でもあった。
彼は、まだ濡れている私の髪を乾いた布でゆったりと包み、
丁寧に水分をぬぐっていく。
その心地よさに目を閉じると、耳の奥にまだ虫の音が響いていた。
「かつて、なぜ命とはこんなにも不公平なのかと思っていた」
「……いのち」
彼は、鸚鵡返しにそう言ったきり、私の言葉を待っている。
そうされると、かえって言葉は続かなくなるもので、
私は本当は何を話そうとしていたのかも忘れてしまい、
そんな自分が滑稽で、つい鼻を鳴らして笑った。
「……今はもうそんな考えは持っていない」
おそらく、私の話をよく聞こうとして手を止めていた執事が、
再び仕事を始める。
背後に立つ彼の表情は見えなかったけれど、
きっと微笑んでいるだろうと思った。
「命のあるなしも、公平か不公平かも全部同じだ。
われわれの議題に上がりそうな、一見意味ありげな問いには、
本質的な回答を明示してくれる者が存在しない」
「それでは、あなたは今はどのようにお考えなのです?」
執事が問う。
私は、数秒わざと口をつぐんでもったいぶらせ、
やはりそうと知って黙っている執事を、ゆっくりと振りあおいだ。
「死ぬまでずっと、どっちつかずさ」
執事は、それを聞くとチャーミングにひょいと肩を竦め、
彼にしては珍しく、困ったように笑った。