2012年2月21日火曜日

雪の降る前。

今朝からずっと頭痛がしていた。
窓の外を見れば、どんよりと厚い雲が垂れ込めている。
雨が降るか、それとも、この冷え込みでは雪になるかもしれない。

カウチベッドに横になっていると、扉をノックする者があった。
返事をするのも鬱陶しいほどに頭が痛い。
いくらか間が空いて、ようやく入室を促す返答をすると、
その声はまるで呻くようなものになった。

やがて静かに扉を開けて入室した執事は、私を見るなり眉を顰める。
体調を心配しているのではなく、単に行儀が悪いと言いたいのだろう。
私は彼には構わず、カウチに仰向けになったままでいた。

彼が歩み寄ってくるたび、空気が揺れるのが解る。
静かなのだ、と思い当たった。
とても静かだ。まだ昼間なのに、何もかもが眠りに落ちたように。

きっと雪が降るのだ、と、私は思った。
こうして寝転がったままで窓の外を見上げると、
まるで湖の底に沈んだ風景を見下ろしているような気がした。
どちら側にいる自分が現実なのだろう。
目を閉じてしまえば、もう何が現実だろうと構わないとすら感じた。

「……私が死のうとしたことがあっただろう」

従者は、まるで刃物を突きつけられたときのようにぴたりと立ち止まった。

「あの日もこんな風に静かで、寒かったな」

彼は、立ち止まった位置から私を観察している。
しばらく彼のしたいようにさせていると、執事は突然、その長身を折った。
気配で気づいてまぶたを上げたとき、彼は私の傍に膝をついていた。

じっと覗き込んでくる優しい瞳。
それをまっすぐに見つめ返してやると、彼は驚いたように目を見開き、
そして、すぐに柔らかく微笑んだ。

「あの日も、あなたの誕生日でした」

嫌な男だ。

私は腹の底からこみ上げてくる笑いを堪えながら、まぶたを下ろした。

2012年2月14日火曜日

GIFT

小箱を手にしたまま、執事は固まって動かなくなった。
それを面白がって眺めている間に、メイド長が書類を受け取りに来たが、
彼はそれにすらまるで気づかないといった風だった。

「お前のために作らせた」

私の机の前に立ち尽くしたまま、彼はじっと小箱を見つめている。
その眼鏡の奥で、綺麗な瞳が動揺しているのがわかった。
小箱の中には、彼のために作らせたカフスボタンが入っている。

彼が知らないはずはない。

これを作らせるために私がどんなに奔走したか、
彼は屋敷の中の騒動によって知っているはずだった。
無論、それを彼に見せ付けるために、私は若干大げさに皆を騒がせた。

「ほんの詫びのつもりだから受け取ってくれ」
「……詫び、と、おっしゃられますと」
「お前に暇を出しそびれたからな」

執事は、顎を引いて少し上目遣いに私を睨みつけた。
可愛いやつだ、と思う。
そんな風に甘えたって無駄だ。

「別に怒っているわけじゃない」
わざとらしく付け加えてやると、執事は小さく肩を竦めて見せた。
「あてつけですか」

酷いことを言う。

従者が身につける装飾品のために奔走する主人が他にいるだろうか。
私の口元に意地の悪い笑みが浮かぶのを見て、
彼は殊更に悔しくなったようだ。

私は、この従順で賢い執事が、
「頂くわけに参りません」と「頂戴いたします」の間で右往左往する様を、
彼がその手で淹れた紅茶と共に楽しむことに成功した。