2011年7月5日火曜日

私は微笑む。

静かな夜だ。
風が吹いているのに、何の音も聞こえない。
木々のざわめきも、虫たちの鳴き声も。

真夜中、満月が南の空に煌々としていた。
私は裸足で中庭に出て、それを見上げる。
やがて首が痛くなるだろうと思うほど、あおのいて。

申し訳程度に石畳の隙間から顔を出している下草が、
足の指をカサカサと弄っていた。
夜気は今にも溢れそうなほどの水分を含んで、
息苦しいほどの熱気を帯びているのに、
石畳はひんやりと冷えていて、まるで氷のようだった。

ややあって、背後の回廊を横切るものがあり、
私はなんの保障もなしに、それは私の執事に違いないと思った。
彼は回廊の途中で足をとめ、こちらに気づくと、
憤ったような雰囲気をまとって、早足でこちらに来る。

彼は私から数歩離れたところで立ち止まり、
私が振り返るのを待つのだ。
だから、私は振り返らない。

いつまでも、いつまでも、満月が傾くまでそうしていたいけれど、
それは彼が背後から与えるプレッシャーにより叶わない。

私が振り返ると、そこにはやはり私の執事が立っていて、
表情は穏やかなまま、全身に怒りを漲らせていた。
彼は背筋を伸ばして、私の命令をいつでも聞けるように、
じっと耳を澄ましている。
その目は基本的には私の目を見ている。
しかし時折、それは私がまばたきをする程度の隙を狙って、
私が必要以上に薄着をしていないか、私が怪我をしていないか、
……私が泣いていないか、レーダーのように探っている。


私は、微笑む。


すると、彼は途端に拗ねた飼い猫のような目になって、
ゆっくりと右手を差し出す。

私が、その手をとって、この体温を彼に伝えられるように。