静かな夜だ。
風が吹いているのに、何の音も聞こえない。
木々のざわめきも、虫たちの鳴き声も。
真夜中、満月が南の空に煌々としていた。
私は裸足で中庭に出て、それを見上げる。
やがて首が痛くなるだろうと思うほど、あおのいて。
申し訳程度に石畳の隙間から顔を出している下草が、
足の指をカサカサと弄っていた。
夜気は今にも溢れそうなほどの水分を含んで、
息苦しいほどの熱気を帯びているのに、
石畳はひんやりと冷えていて、まるで氷のようだった。
ややあって、背後の回廊を横切るものがあり、
私はなんの保障もなしに、それは私の執事に違いないと思った。
彼は回廊の途中で足をとめ、こちらに気づくと、
憤ったような雰囲気をまとって、早足でこちらに来る。
彼は私から数歩離れたところで立ち止まり、
私が振り返るのを待つのだ。
だから、私は振り返らない。
いつまでも、いつまでも、満月が傾くまでそうしていたいけれど、
それは彼が背後から与えるプレッシャーにより叶わない。
私が振り返ると、そこにはやはり私の執事が立っていて、
表情は穏やかなまま、全身に怒りを漲らせていた。
彼は背筋を伸ばして、私の命令をいつでも聞けるように、
じっと耳を澄ましている。
その目は基本的には私の目を見ている。
しかし時折、それは私がまばたきをする程度の隙を狙って、
私が必要以上に薄着をしていないか、私が怪我をしていないか、
……私が泣いていないか、レーダーのように探っている。
私は、微笑む。
すると、彼は途端に拗ねた飼い猫のような目になって、
ゆっくりと右手を差し出す。
私が、その手をとって、この体温を彼に伝えられるように。