久方ぶりに見た銀世界だった。
昨夜から降り続いた牡丹雪が荘園を分厚く覆って、
それは朝の光を受けると、この世のものとは思えないほどに、
美しい純白の光を放った。
私は夜着から着替えるのももどかしく、
その上に外套を羽織ってブーツを履き、
女中達の目を盗んで玄関ポーチを飛び出した。
まだ屋敷の周辺の雪かきも済んでいなかった。
それどころか、玄関ポーチから先は、
見渡す限りふかふかとした雪の絨毯が広がっていて、
野うさぎ一匹歩いた跡がなかった。
そこへ一歩一歩踏み出していくのは、大変に心地がよかった。
雪は、ぎゅぅ、という音を立てて、
足首を隠すほどまで私のブーツを沈ませた。
おかげで、次の一歩を踏み出すためには、
脚を注意深く、大きく上げなければならなかった。
遠くまでは行けないな、と思ったが、
それでも引き返すタイミングは心得ているつもりだった。
息切れがするほど足を進めてみてから振り返ると、
広大な屋敷がすっぽりと視界に収まっていた。
進行方向を見ると、重厚な正門が雪の帽子を被って佇んでいる。
あの門の向こうの世界に憧れて、家出を企てたこともある。
もうずいぶん昔の、幼少の頃だが。
この門の中に居れば、自分は無条件で守られる。
ここを出たら、もう敵しかいない。
自分を脅かすだけの、敵しかいない。
決して長くは生きられない自分の余生を、
可能な限り穏やかに過ごさせたいと願う者たちの祈りは、
あの頃の自分にとっては、呪い以外の何物でもなかった。
私はあの頃、自分が近い未来に死ぬのだという事実が、
まったく理解できていなかったのだ。今は違う。
私は、門に辿り着く前に、体ごと屋敷に向き直った。
ああ、大きな棺だ。
私はこの中で死んでいくのだ。
死ぬときのためにこんなに立派な棺を用意してもらって、
何の不満を抱くことがある?
生きたところで何も遺さぬ人間だ。
こんな棺の中で死んでいく資格が、私には本当にあるのだろうか。
雪の降った次の朝。
まるで誰も目覚めてこないかのような静けさだった。
風の音もせず、風は吹いていなかった。
ただ、刺すような冷気が全身を覆い始めていた。
耳が痛い。
目を閉じると、その静寂に頭蓋を砕かれるのではないかと思った。
しんとしている。
鳥も飛ばない。草木も揺らがない。何の音も聞こえない。
世界中から音という音が消えてしまったかのようだ。
それとも、私が音を感じることができなくなってしまったのか。
このままここに立ち尽くしていると、
温度も光も失ってしまいそうな気がした。
見渡す限りの雪原は、色彩を拒絶しているようにすら思われる。
ふと思い立って足元の雪を蹴り上げると、
それは大きく跳ね上がり、キラキラと日光を反射した。
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