「お暇を頂きたいと思っております」
ティーカップを差し出しながら、執事が言った。
こともなげに。
まるで、夕食のメニューを告げるような口ぶりだった。
「……休暇が欲しいという意味ではないな」
「はい」
執事は、いつものように佇んでいる。
離れていてもぬくもりを感じるほどに近く、暖かな視線と共に。
彼はその視線をそのままに、ここを去りたい、と言う。
「何かあったのか、それとも待遇に不服か」
「申し上げられません」
口を噤む。
言葉が途切れるか途切れないかのうちに、答えが返ってくる。
まるで何もかも、予測していたかのようだ。
すべての答えを用意して、彼は決めたのだ。
それであれば、もう自分に許しを請う必要はない。
決めたとおりにすればよいのだ。
そうして決めたことが、きっと、彼にとって最も正しいことなのだから。
そう言おうと思い、執事のほうを振り返る。
視線を合わせると、彼は驚いたように少しだけ目を見開き、
それから、微笑んだ。
私の執事は美しい。
艶やかな黒髪、白い肌、整った顔立ち、殊更に印象を深くする瞳。
彼はどこか危うげな空気を纏っていて、それはどこか死の香りがした。
それでいて、凛として強く、まるで冬山にそびえる樹木を思わせる。
私は、視線を合わせたまま、首を横に振った。
「だめだ」
きっぱりと、言い放つ。
執事は、目を眇めて笑い、小さく、「そうですか」と呟いた。
彼から、異論はなかった。
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