今朝からずっと頭痛がしていた。
窓の外を見れば、どんよりと厚い雲が垂れ込めている。
雨が降るか、それとも、この冷え込みでは雪になるかもしれない。
カウチベッドに横になっていると、扉をノックする者があった。
返事をするのも鬱陶しいほどに頭が痛い。
いくらか間が空いて、ようやく入室を促す返答をすると、
その声はまるで呻くようなものになった。
やがて静かに扉を開けて入室した執事は、私を見るなり眉を顰める。
体調を心配しているのではなく、単に行儀が悪いと言いたいのだろう。
私は彼には構わず、カウチに仰向けになったままでいた。
彼が歩み寄ってくるたび、空気が揺れるのが解る。
静かなのだ、と思い当たった。
とても静かだ。まだ昼間なのに、何もかもが眠りに落ちたように。
きっと雪が降るのだ、と、私は思った。
こうして寝転がったままで窓の外を見上げると、
まるで湖の底に沈んだ風景を見下ろしているような気がした。
どちら側にいる自分が現実なのだろう。
目を閉じてしまえば、もう何が現実だろうと構わないとすら感じた。
「……私が死のうとしたことがあっただろう」
従者は、まるで刃物を突きつけられたときのようにぴたりと立ち止まった。
「あの日もこんな風に静かで、寒かったな」
彼は、立ち止まった位置から私を観察している。
しばらく彼のしたいようにさせていると、執事は突然、その長身を折った。
気配で気づいてまぶたを上げたとき、彼は私の傍に膝をついていた。
じっと覗き込んでくる優しい瞳。
それをまっすぐに見つめ返してやると、彼は驚いたように目を見開き、
そして、すぐに柔らかく微笑んだ。
「あの日も、あなたの誕生日でした」
嫌な男だ。
私は腹の底からこみ上げてくる笑いを堪えながら、まぶたを下ろした。
2012年2月21日火曜日
2012年2月14日火曜日
GIFT
小箱を手にしたまま、執事は固まって動かなくなった。
それを面白がって眺めている間に、メイド長が書類を受け取りに来たが、
彼はそれにすらまるで気づかないといった風だった。
「お前のために作らせた」
私の机の前に立ち尽くしたまま、彼はじっと小箱を見つめている。
その眼鏡の奥で、綺麗な瞳が動揺しているのがわかった。
小箱の中には、彼のために作らせたカフスボタンが入っている。
彼が知らないはずはない。
これを作らせるために私がどんなに奔走したか、
彼は屋敷の中の騒動によって知っているはずだった。
無論、それを彼に見せ付けるために、私は若干大げさに皆を騒がせた。
「ほんの詫びのつもりだから受け取ってくれ」
「……詫び、と、おっしゃられますと」
「お前に暇を出しそびれたからな」
執事は、顎を引いて少し上目遣いに私を睨みつけた。
可愛いやつだ、と思う。
そんな風に甘えたって無駄だ。
「別に怒っているわけじゃない」
わざとらしく付け加えてやると、執事は小さく肩を竦めて見せた。
「あてつけですか」
酷いことを言う。
従者が身につける装飾品のために奔走する主人が他にいるだろうか。
私の口元に意地の悪い笑みが浮かぶのを見て、
彼は殊更に悔しくなったようだ。
私は、この従順で賢い執事が、
「頂くわけに参りません」と「頂戴いたします」の間で右往左往する様を、
彼がその手で淹れた紅茶と共に楽しむことに成功した。
それを面白がって眺めている間に、メイド長が書類を受け取りに来たが、
彼はそれにすらまるで気づかないといった風だった。
「お前のために作らせた」
私の机の前に立ち尽くしたまま、彼はじっと小箱を見つめている。
その眼鏡の奥で、綺麗な瞳が動揺しているのがわかった。
小箱の中には、彼のために作らせたカフスボタンが入っている。
彼が知らないはずはない。
これを作らせるために私がどんなに奔走したか、
彼は屋敷の中の騒動によって知っているはずだった。
無論、それを彼に見せ付けるために、私は若干大げさに皆を騒がせた。
「ほんの詫びのつもりだから受け取ってくれ」
「……詫び、と、おっしゃられますと」
「お前に暇を出しそびれたからな」
執事は、顎を引いて少し上目遣いに私を睨みつけた。
可愛いやつだ、と思う。
そんな風に甘えたって無駄だ。
「別に怒っているわけじゃない」
わざとらしく付け加えてやると、執事は小さく肩を竦めて見せた。
「あてつけですか」
酷いことを言う。
従者が身につける装飾品のために奔走する主人が他にいるだろうか。
私の口元に意地の悪い笑みが浮かぶのを見て、
彼は殊更に悔しくなったようだ。
私は、この従順で賢い執事が、
「頂くわけに参りません」と「頂戴いたします」の間で右往左往する様を、
彼がその手で淹れた紅茶と共に楽しむことに成功した。
2012年1月30日月曜日
冬の午後に。
「お暇を頂きたいと思っております」
ティーカップを差し出しながら、執事が言った。
こともなげに。
まるで、夕食のメニューを告げるような口ぶりだった。
「……休暇が欲しいという意味ではないな」
「はい」
執事は、いつものように佇んでいる。
離れていてもぬくもりを感じるほどに近く、暖かな視線と共に。
彼はその視線をそのままに、ここを去りたい、と言う。
「何かあったのか、それとも待遇に不服か」
「申し上げられません」
口を噤む。
言葉が途切れるか途切れないかのうちに、答えが返ってくる。
まるで何もかも、予測していたかのようだ。
すべての答えを用意して、彼は決めたのだ。
それであれば、もう自分に許しを請う必要はない。
決めたとおりにすればよいのだ。
そうして決めたことが、きっと、彼にとって最も正しいことなのだから。
そう言おうと思い、執事のほうを振り返る。
視線を合わせると、彼は驚いたように少しだけ目を見開き、
それから、微笑んだ。
私の執事は美しい。
艶やかな黒髪、白い肌、整った顔立ち、殊更に印象を深くする瞳。
彼はどこか危うげな空気を纏っていて、それはどこか死の香りがした。
それでいて、凛として強く、まるで冬山にそびえる樹木を思わせる。
私は、視線を合わせたまま、首を横に振った。
「だめだ」
きっぱりと、言い放つ。
執事は、目を眇めて笑い、小さく、「そうですか」と呟いた。
彼から、異論はなかった。
ティーカップを差し出しながら、執事が言った。
こともなげに。
まるで、夕食のメニューを告げるような口ぶりだった。
「……休暇が欲しいという意味ではないな」
「はい」
執事は、いつものように佇んでいる。
離れていてもぬくもりを感じるほどに近く、暖かな視線と共に。
彼はその視線をそのままに、ここを去りたい、と言う。
「何かあったのか、それとも待遇に不服か」
「申し上げられません」
口を噤む。
言葉が途切れるか途切れないかのうちに、答えが返ってくる。
まるで何もかも、予測していたかのようだ。
すべての答えを用意して、彼は決めたのだ。
それであれば、もう自分に許しを請う必要はない。
決めたとおりにすればよいのだ。
そうして決めたことが、きっと、彼にとって最も正しいことなのだから。
そう言おうと思い、執事のほうを振り返る。
視線を合わせると、彼は驚いたように少しだけ目を見開き、
それから、微笑んだ。
私の執事は美しい。
艶やかな黒髪、白い肌、整った顔立ち、殊更に印象を深くする瞳。
彼はどこか危うげな空気を纏っていて、それはどこか死の香りがした。
それでいて、凛として強く、まるで冬山にそびえる樹木を思わせる。
私は、視線を合わせたまま、首を横に振った。
「だめだ」
きっぱりと、言い放つ。
執事は、目を眇めて笑い、小さく、「そうですか」と呟いた。
彼から、異論はなかった。
2011年7月5日火曜日
私は微笑む。
静かな夜だ。
風が吹いているのに、何の音も聞こえない。
木々のざわめきも、虫たちの鳴き声も。
真夜中、満月が南の空に煌々としていた。
私は裸足で中庭に出て、それを見上げる。
やがて首が痛くなるだろうと思うほど、あおのいて。
申し訳程度に石畳の隙間から顔を出している下草が、
足の指をカサカサと弄っていた。
夜気は今にも溢れそうなほどの水分を含んで、
息苦しいほどの熱気を帯びているのに、
石畳はひんやりと冷えていて、まるで氷のようだった。
ややあって、背後の回廊を横切るものがあり、
私はなんの保障もなしに、それは私の執事に違いないと思った。
彼は回廊の途中で足をとめ、こちらに気づくと、
憤ったような雰囲気をまとって、早足でこちらに来る。
彼は私から数歩離れたところで立ち止まり、
私が振り返るのを待つのだ。
だから、私は振り返らない。
いつまでも、いつまでも、満月が傾くまでそうしていたいけれど、
それは彼が背後から与えるプレッシャーにより叶わない。
私が振り返ると、そこにはやはり私の執事が立っていて、
表情は穏やかなまま、全身に怒りを漲らせていた。
彼は背筋を伸ばして、私の命令をいつでも聞けるように、
じっと耳を澄ましている。
その目は基本的には私の目を見ている。
しかし時折、それは私がまばたきをする程度の隙を狙って、
私が必要以上に薄着をしていないか、私が怪我をしていないか、
……私が泣いていないか、レーダーのように探っている。
私は、微笑む。
すると、彼は途端に拗ねた飼い猫のような目になって、
ゆっくりと右手を差し出す。
私が、その手をとって、この体温を彼に伝えられるように。
風が吹いているのに、何の音も聞こえない。
木々のざわめきも、虫たちの鳴き声も。
真夜中、満月が南の空に煌々としていた。
私は裸足で中庭に出て、それを見上げる。
やがて首が痛くなるだろうと思うほど、あおのいて。
申し訳程度に石畳の隙間から顔を出している下草が、
足の指をカサカサと弄っていた。
夜気は今にも溢れそうなほどの水分を含んで、
息苦しいほどの熱気を帯びているのに、
石畳はひんやりと冷えていて、まるで氷のようだった。
ややあって、背後の回廊を横切るものがあり、
私はなんの保障もなしに、それは私の執事に違いないと思った。
彼は回廊の途中で足をとめ、こちらに気づくと、
憤ったような雰囲気をまとって、早足でこちらに来る。
彼は私から数歩離れたところで立ち止まり、
私が振り返るのを待つのだ。
だから、私は振り返らない。
いつまでも、いつまでも、満月が傾くまでそうしていたいけれど、
それは彼が背後から与えるプレッシャーにより叶わない。
私が振り返ると、そこにはやはり私の執事が立っていて、
表情は穏やかなまま、全身に怒りを漲らせていた。
彼は背筋を伸ばして、私の命令をいつでも聞けるように、
じっと耳を澄ましている。
その目は基本的には私の目を見ている。
しかし時折、それは私がまばたきをする程度の隙を狙って、
私が必要以上に薄着をしていないか、私が怪我をしていないか、
……私が泣いていないか、レーダーのように探っている。
私は、微笑む。
すると、彼は途端に拗ねた飼い猫のような目になって、
ゆっくりと右手を差し出す。
私が、その手をとって、この体温を彼に伝えられるように。
2011年6月9日木曜日
初夏の風
つと視線をやると、夜風がカーテンを膨らませたところだった。
ひそやかに、忍び込むような夜気が微かに室温を下げる。
それは、鼓膜を揺らすか揺らさないかという程度の虫の音を伴って、
ゆっくりと部屋の中を旋回しては、また窓の外に躍り出ていった。
傍らを離れた執事が、その窓を静かに閉める。
私は、彼にすぐに戻るようにと促し、手元の本を閉じた。
「どうかなさいましたか」
「……肩が寒い」
弱音だ。
彼はそれを知っていて、あえて私に尋ねる。
私の弱味を握るのは、彼の得意技であり、趣味でもあった。
彼は、まだ濡れている私の髪を乾いた布でゆったりと包み、
丁寧に水分をぬぐっていく。
その心地よさに目を閉じると、耳の奥にまだ虫の音が響いていた。
「かつて、なぜ命とはこんなにも不公平なのかと思っていた」
「……いのち」
彼は、鸚鵡返しにそう言ったきり、私の言葉を待っている。
そうされると、かえって言葉は続かなくなるもので、
私は本当は何を話そうとしていたのかも忘れてしまい、
そんな自分が滑稽で、つい鼻を鳴らして笑った。
「……今はもうそんな考えは持っていない」
おそらく、私の話をよく聞こうとして手を止めていた執事が、
再び仕事を始める。
背後に立つ彼の表情は見えなかったけれど、
きっと微笑んでいるだろうと思った。
「命のあるなしも、公平か不公平かも全部同じだ。
われわれの議題に上がりそうな、一見意味ありげな問いには、
本質的な回答を明示してくれる者が存在しない」
「それでは、あなたは今はどのようにお考えなのです?」
執事が問う。
私は、数秒わざと口をつぐんでもったいぶらせ、
やはりそうと知って黙っている執事を、ゆっくりと振りあおいだ。
「死ぬまでずっと、どっちつかずさ」
執事は、それを聞くとチャーミングにひょいと肩を竦め、
彼にしては珍しく、困ったように笑った。
ひそやかに、忍び込むような夜気が微かに室温を下げる。
それは、鼓膜を揺らすか揺らさないかという程度の虫の音を伴って、
ゆっくりと部屋の中を旋回しては、また窓の外に躍り出ていった。
傍らを離れた執事が、その窓を静かに閉める。
私は、彼にすぐに戻るようにと促し、手元の本を閉じた。
「どうかなさいましたか」
「……肩が寒い」
弱音だ。
彼はそれを知っていて、あえて私に尋ねる。
私の弱味を握るのは、彼の得意技であり、趣味でもあった。
彼は、まだ濡れている私の髪を乾いた布でゆったりと包み、
丁寧に水分をぬぐっていく。
その心地よさに目を閉じると、耳の奥にまだ虫の音が響いていた。
「かつて、なぜ命とはこんなにも不公平なのかと思っていた」
「……いのち」
彼は、鸚鵡返しにそう言ったきり、私の言葉を待っている。
そうされると、かえって言葉は続かなくなるもので、
私は本当は何を話そうとしていたのかも忘れてしまい、
そんな自分が滑稽で、つい鼻を鳴らして笑った。
「……今はもうそんな考えは持っていない」
おそらく、私の話をよく聞こうとして手を止めていた執事が、
再び仕事を始める。
背後に立つ彼の表情は見えなかったけれど、
きっと微笑んでいるだろうと思った。
「命のあるなしも、公平か不公平かも全部同じだ。
われわれの議題に上がりそうな、一見意味ありげな問いには、
本質的な回答を明示してくれる者が存在しない」
「それでは、あなたは今はどのようにお考えなのです?」
執事が問う。
私は、数秒わざと口をつぐんでもったいぶらせ、
やはりそうと知って黙っている執事を、ゆっくりと振りあおいだ。
「死ぬまでずっと、どっちつかずさ」
執事は、それを聞くとチャーミングにひょいと肩を竦め、
彼にしては珍しく、困ったように笑った。
2011年5月25日水曜日
このブログについて。
いまさらですが、このブログについてです。
このブログは、たったんが書いている脳内執事の妄想ブログです。
ここに掲載の文章などはたったんに著作権があり、放棄はしません。
しかし、私の創作物の表現するものや断片が、
第三者によってより良く展開され、公開されることを歓迎します。
悪意のある全てのその方法がとられたとき、私は悲しく思うかもしれません。
しかし、その方法がもし善意に因っていたとしても、
また大変悲しいことですが、悪意に因っていたとしても、私はその一切に関知しません。
これは、私の創作物が完全なゼロから創られたものではなく、
誰かの創作物に何らかの影響を受けて創られたものだからです。
なんとなく書いとくもんなのかなと思って書いただけです。すみません。
このブログは、たったんが書いている脳内執事の妄想ブログです。
ここに掲載の文章などはたったんに著作権があり、放棄はしません。
しかし、私の創作物の表現するものや断片が、
第三者によってより良く展開され、公開されることを歓迎します。
悪意のある全てのその方法がとられたとき、私は悲しく思うかもしれません。
しかし、その方法がもし善意に因っていたとしても、
また大変悲しいことですが、悪意に因っていたとしても、私はその一切に関知しません。
これは、私の創作物が完全なゼロから創られたものではなく、
誰かの創作物に何らかの影響を受けて創られたものだからです。
なんとなく書いとくもんなのかなと思って書いただけです。すみません。
彼が何を燃したのか訊ねることはついになかった。
パチ、パチ……
かすかに、火のはぜる音が聞こえた。
野焼きの季節ではないし、こんな暖かな日に焚き火とも考えづらい。
鼻をかすめる、焦げたにおいに誘われて裏庭を覗くと、
そこには小さな焚き火を見下ろす執事の姿があった。
声をかけようとしたが、その必要はなかった。
執事は、ゆっくりと顔を上げ、こちらをまっすぐに見つめた。
そして、彼が時折そうするように、今もまた僅かに目を細め、微笑む。
気になったのは、その仕草があまりにも様式的に見えたからだ。
私はそれから、彼が女中に火の始末を命じて、こちらに歩み寄るまで、
まるで立ち竦んだように、その場に留まっていた。
かすかに、火のはぜる音が聞こえた。
野焼きの季節ではないし、こんな暖かな日に焚き火とも考えづらい。
鼻をかすめる、焦げたにおいに誘われて裏庭を覗くと、
そこには小さな焚き火を見下ろす執事の姿があった。
声をかけようとしたが、その必要はなかった。
執事は、ゆっくりと顔を上げ、こちらをまっすぐに見つめた。
そして、彼が時折そうするように、今もまた僅かに目を細め、微笑む。
気になったのは、その仕草があまりにも様式的に見えたからだ。
私はそれから、彼が女中に火の始末を命じて、こちらに歩み寄るまで、
まるで立ち竦んだように、その場に留まっていた。
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